美鈴の発祥 函館の「鈴木商店」

 近衛兵として兵役中であった創業者、鈴木武二は東京にて初めて「コーヒー」というものに出会う。
 そして函館に戻ったのち、家業であった「みそ、こうじ屋」を1人離れ、1932年(昭和7年)函館の栄町に珈琲と洋食器の店「鈴木商店」を開業。米国から輸入された小さな焙煎機と自転車とともに「北海道で初めてのコーヒー屋」は産声をあげた。
 「美鈴」と名前がつくのは、それから14年後の昭和21年。直営の喫茶店開店のため、函館市民から公募して「美鈴」と命名された。

レトロ&モダン「美鈴」

 昭和21年、敗戦後の日本はめざましい発展をとげるべく各地で復興がスタートし始めました。戦時中は禁止されていたコーヒーの輸入も再開され、日本の食文化の中にコーヒーが少しずつ入りはじめていきます。
 そのような中で、鈴木商店も函館駅前大門地区に直営の店舗(1階売店、2階喫茶店)をオープンさせました。このとき店名を公募し、ついた名前が「美鈴」です。以後美鈴の珈琲、ケーキとして親しまれるようになり、昭和24年、鈴木商店は美鈴商事株式会社として新たなるスタートをきることとなりました。

昭和24年 ついに法人化 美鈴商事株式会社の誕生

 函館市民から付けられた店舗名「美鈴」は、昭和24年に鈴木商店の法人名・美鈴商事株式会社として函館市旭町にてスタートをきります。
 主力商品は輸入品というお題目のもと、珈琲、紅茶、ココア、洋食料品、洋食器。函館市内のカフェ、レストランを中心に卸業として、その活動を広げていきました。配達も自転車から車にかわり、当時でも珍しいフォルクスワーゲンのワゴン車がハイカラな函館の街によく似合っていたようです。

今も函館に残る伝統の味 美鈴の洋菓子

 法人化した美鈴商事株式会社は昭和33年に製菓工場を新設。このころより洋菓子の製造販売に本格的に取り組み始めました。
 そのころはまだ「ケーキ」というものが今のように身近なものではありませんでしたが、北海道産の原料をふんだんに使った伝統的なフランス菓子として、函館駅前大門の美鈴売店を中心に皆様からの支持を得、コーヒーに次ぐ商品の柱として事業を展開していきました。
 当時の味と技術は、その後数十年の時を経て現在の職人に引き継がれ、今もなお函館では伝統の味「美鈴の洋菓子」として皆様に親しまれています。

札幌、室蘭、旭川道内各地への進出

 美鈴商事株式会社は函館での営業基盤を築いた後、更に北海道内の各地へと営業エリアを広げて参りました。昭和30年にまず札幌市北1条西3丁目(札幌グランドホテルのある辺り)に札幌営業所を開設、その後昭和33年には室蘭市泉町に室蘭営業所を、昭和34年には旭川市五条12丁目に旭川営業所を開設いたしました。どの営業所もコーヒーの小型焙煎釜を設置し、新鮮なコーヒー豆をお客様にお届けして参りました。写真は開設当時の旭川営業所です。

創業者登場!! コーヒーと函館を愛しつづけて88年

 創業者「鈴木 武二」は明治42年4月の函館生まれ。函館商業学校(現、函館商業高校)を中退、家業の「みそ、こうじ屋」を手伝い始めるが、その後昭和7年、鈴木商店を開業しコーヒーの製造販売を開始。昭和9年函館の大火に遭い得意先も全て焼け、その後地方への行商等を経て、再びコーヒー屋を再開。昭和24年に美鈴商事Mを設立、以後平成8年まで現役として美鈴グループの代表取締役会長として君臨。激しい気性の中にも、ユーモア溢れるセンスで函館経済界、そして日本のコーヒー業界の長老の一人として活躍しておりました。生涯を通してコーヒーと函館を愛しつづけ、函館市会議員、函館観光協会会長、函館市商店街連合会長、等を歴任、またブラジルからは日本の文化勲章にあたるグランクルス勲章を受け、昭和56年には勲五等瑞宝章を受章しました。平成8年7月享年88歳にてコーヒー人生の幕を閉じました。

東京への進出美鈴コーヒー株式会社の誕生

 昭和36年10月、美鈴はついに東京へと進出することとなりました。
 創業時からコーヒーの原料である生豆は、東京や大阪の商社を通じて仕入れておりましたが、より多くの情報収集と迅速な仕入活動を目的に、美鈴商事株式会社の子会社としてコーヒー生豆仕入会社「美鈴コーヒー株式会社」を神田東松下町に設立いたしました。
 当初は仕入窓口会社としてスタートした美鈴コーヒーでしたが、その後東京営業所を併設して営業活動も始め、また北海道内の各支店も函館の美鈴商事から東京の美鈴コーヒーへとその管轄が移され、全美鈴グループの中枢企業として、函館の美鈴商事とともに今日まで歩んでまいりました。

コーヒーをもとめた世界1周の旅

「美鈴」のコーヒーにかける情熱は、ついに創業者「鈴木武二」を海外へとかりたてました。当時はまだ海外へ出かけることが大変な出来事であった昭和35年、コーヒーの生産国、そして消費国の調査、視察を目的として実に54日間にわたる旅にでかけました。
訪問場所は、ハワイ〜アメリカ西海岸〜東海岸〜ジャマイカ〜コロンビア〜ブラジル〜ペルー〜アルゼンチン〜スペイン〜フランス〜イギリス〜オランダ〜デンマーク〜ドイツ〜スイス〜オーストリア〜イタリア〜香港。当時としては極めて珍しい、まさに世界一周旅行でした。

新社屋、函館市東雲町に完成

昭和24年に法人化された「美鈴商事株式会社」は道内各地への進出を果たし、また東京にも「美鈴コーヒー株式会社」という子会社を設立した後、昭和40年11月に本拠地函館でも、それまで旭町にあった社屋を東雲町に新築移転致しました。
総工費は約5千万円でしたが、当時の美鈴商事の売上は約3億円程度でしたので、かなり思い切った投資だったようです。現在でも東雲町にその面影をのこしております。

東京での直営店第1号 中野に誕生!

 昭和36年に東京進出を果たした「美鈴グループ」はその後、コーヒーの生豆仕入窓口業務だけでなく、喫茶店向けの卸業務を首都圏でも少しづつ手を広げ始め、そして昭和41年、中野駅前のブロードウェイセンター(現在もこのショッピングセンターはあります)の3Fに東京での直営店舗第1号を開店致しました。お店の名前は「CAFE & CAKE MISUZU」。
 函館で培った「洋菓子の製造販売」のノウハウを取り入れた、喫茶とケーキのお店で当時としては非常におしゃれな店として、人気を集めていたようです。

東京麹町から北海道各地をコントロール

 美鈴グループも創業者から二代目の時代へと変わってまいりました。
そして創業の地である函館以外の地域での活動は、全て東京がコントロールしていくという体制を築き始めました。
 二代目社長 鈴木澄男は、創業の地である函館を離れ、神田に設立した「美鈴コーヒー株式会社」を昭和39年に麹町へ移転。その後、北海道内や青森などの各支店を全て東京本社の管轄に移し、麹町をベースに各地に指令を発信する体制を確立しました。
今も尚、創業会社として函館で活動する「美鈴商事株式会社」、そして東京本社として各地の支店とともに活動する「美鈴コーヒー株式会社」という体制が続いています。

札幌オリンピックと共に喫茶店をオープン!!

 北海道、札幌にとってその発展の大きなきっかけとなった札幌オリンピック。1972年の冬に日本で初めての冬季オリンピック「札幌オリンピック」が開催されましたが、その前年に札幌市は大規模な地下街を整備いたしました。
そして美鈴グループは、その地下街の一角に直営喫茶店「美鈴」を出店いたしました。
 出店から30数年を数える今も尚、同じ場所(ポールタウンすすきの側)にて営業を続けております。

2代目社長登場
卓越した経営手腕で財務体質を強化!!

 2代目社長「鈴木 澄男」は昭和3年6月、静岡県生まれ。神奈川県立湘南高校、早稲田大学商学部を経て、昭和26年アサヒビール株式会社経理部入社。
 昭和32年、創業者鈴木武二の娘婿として美鈴商事株式会社に入社し、平成4年美鈴グループの代表取締役社長に就任。
 東京をベースに、その卓越した経営手腕を発揮、業務用スーパー、チーズ加工事業など新規事業を立ち上げ、着実に事業を拡大しながらも、財務体質の強化を図り、「信頼と誠実」をモットーに、創業者の事業活動を常に冷静に陰で支えながら現在の安定経営の基盤を確立いたしました。
 平成9年、病に倒れその後の経営を現在の3代目に託し、平成10年9月志半ばでこの世を去ることとなりました。

東京高田馬場「BIGBOX」でコーヒーフェアを開催

 東京での営業活動をはじめてから約15年、少しずつ首都圏のお客様も増え始め、昭和51年には高田馬場にあるBIGBOX(西武系商業施設)の1階で、世界のコーヒーフェアを大々的に開催致しました。
 当時としてはこれほど大規模なコーヒーフェアは珍しかったこともあり大変評判もよく、各生産国(ブラジル、コロンビア、グアテマラ等々)の協力も得ながら、以降3年間に亘り、年に数回コーヒーフェアを開催することとなりました。
 昭和53年「第9回世界のコーヒーフェア」が10月15日から1週間開催された様子が当時の新聞に掲載。
 抜粋[『世界のコーヒーフェア 美鈴が開く』今回はIBCをはじめエチオピア、ガテマラ、コロンビア、スリランカ、タンザニアの各国大使館が協賛という形でパンフレットなどPOP広告材料類を提供し、フェアをいっそう盛り上げた。(中略)協賛者側責任者である美鈴コーヒー営業部 納代正信課長は「9回目を迎えたフェアも、高田馬場利用者には恒例となり、また口コミで訪れる客も回を重ねるごとに増えている。特に喫茶店の経営者が1キロ単位で買って行くという姿も目につく。フェア1日の売り上げはトータルで百万円前後、前回(5月)の80万円を上回っている。またコーヒーは期間中1トン(前回は800キログラム)を売り上げた」と語った。]

発売開始から23年。デザインも同じ不朽の名品!
「美鈴のブルーマウンテンブレンド」


 喫茶店、レストラン等への卸販売や、デパート、専門店でのコーヒー豆販売を主体として活動をしてきた美鈴コーヒーでしたが、1978年(昭和53年)に一般家庭用としての缶入コーヒー(粉タイプ)である「ブルーマウンテンブレンド」の製造・販売を開始いたしました。
 家庭でもごく一般的にレギュラーコーヒーが飲まれるようになり、またこの頃からブルーマウンテンという世界でも有数のグルメコーヒーが、一般家庭においても非常に高い評価を得られるようになったこともあり、自宅用または贈答用として当社の製品のみならず各社の様々な缶入コーヒー(粉タイプ)が店頭をにぎわすようになり始めました。
 「美鈴のブルーマウンテンブレンド」は23年前に皆様の前に姿を表わした時と変らぬ「味わい」と「装い」を大切に守りつづけ、現在もなお同じ姿で販売させていただいております。

首都圏の製造拠点 「川口工場」の開設

 昭和54年、首都圏に待望のコーヒー焙煎工場が誕生いたしました。
 それまでは首都圏での販売用のコーヒーは、東京本社(麹町)の事務所の傍らで、焙煎を行っておりましたが、この年、埼玉県川口市に工場用地を取得、60Kgの焙煎釜と自動包装ラインを備えた、中規模ながら生産効率性の高い工場が誕生いたしました。
 川口工場の敷地には川口営業所(現、関東支店)を併設し、現在も首都圏北部、西部を中心に営業活動を行っております。

北海道 道東地区への進出

美鈴コーヒーは北海道全域におけるきめ細やかなサービスを目指し、観光名所も数多い道東地区への進出を果たすべく、昭和48年に帯広営業所、55年に釧路営業所、そして北見営業所を相次いで開設いたしました。
それまでは札幌、旭川営業所からの遠距離の対応を余儀なくされておりましたが、これらの営業所の開設により、道東地区においても「美鈴のコーヒー」として皆様方のよりいっそうの御愛顧を賜わることができるようになりました。

青函博(函館 EXPO’88)に出展!!

昭和63年(1988年)の夏季、青函トンネル開通の記念として青森・函館で博覧会が開催されました。美鈴グループは函館を代表する企業として博覧会にブースを出展。多くのお客様に美鈴の商品を理解していただき、更には他企業との交流も含め、72日間という長期のイベントに参加いたしました事は当社にとっても貴重な経験となりました。

MCフーズ第1号店 旭川にオープン!

平成2年12月旭川支店の移転とともに、業務用スーパー通称キャッシュ&キャリーの店、MCフーズ第1号店を旭川にオープンいたしました。飲食店等の業者様から一般のお客様まで幅広くご利用いただけるお店としてご好評を頂いております。また、同敷地内にチーズ加工場を併設し、美鈴コーヒーはチーズ加工販売事業にも本格的に乗り出していきました。

 業務用スーパー「MCフーズ事業」の拡大」
  平成4年北見店、平成6年に釧路店がオープン!


この事業の拡大により、美鈴コーヒーの取り扱い商品の幅は急速に広がり、これまでの喫茶、洋食レストランといったお客様に加え、居酒屋、焼肉屋、和食レストラン等々、幅広くお取引をさせて頂くようになりました。 美鈴コーヒーは旭川にてスタートさせた、業務用スーパー「MCフーズ」事業を本格的に拡大すべく、平成4年にMCフーズ北見店、そして平成6年にMCフーズ釧路店をオープンいたしました。




カフェノバール事業への参画」

平成9年、美鈴コーヒーは西武百貨店のオリジナルブランドである「カフェノバール」事業に参画し、札幌の「五番館西武」内に「カフェノバール札幌店」をオープン致しました。
その後函館西武、旭川西武、そして秋田本金西武と計4店舗をオープンさせました。
焙煎したての香り豊かなコーヒーがおしゃれな店舗に良く似合っているのか、開店以来毎日大勢のお客様に御愛顧を頂いております。



東京本社移転  首都圏事業部の新設」

平成十一年二月、美鈴コーヒー(株)は東京本社を麹町から神田小川町に移転しました。また首都圏における営業体制の強化と仕入れ部門の充実を図るべく「首都圏事業部」を東京本社内に新設致しました。
現在では同事業部内にてホームページの通販事業などの新しい取り組みにもチャレンジをしております。


ケーキ工場
コーヒー・洋菓子 工場設備の充実化 

美鈴グループは商品の柱である「コーヒー」「洋菓子」の製造設備の充実化を図るべく、2000年にコーヒー焙煎工場の自動包装ラインの増設、また2001年には函館ケーキ工場の仕上ラインの全面改装に着手しました。 
より一層の衛生管理と更なる品質の向上をモットーに、工場の社員一同日々製造業務にあたっております。 


新たなる時代に向けて・・
「あ〜る」創刊号から延べ23回に亘り、「美鈴コーヒー」の70年の歴史を綴ってまいりましたが、毎回お読み頂き大変ありがとうございました。弊社のこれまでの歴史を少しでもお分かり頂ければ幸いに存じます。
70年という長い歴史の中で、弊社の経営者も3代目へと引き継がれ、この「あ〜る」の発刊、またホームページの開設、新店舗のオープン等々、新しい時代に向け、様々なことにチャレンジしておりますが、一方で「老舗珈琲店 美鈴」としての大切な伝統、すなわち「日本人の心に響く、本当に美味しいコーヒーの味と香りの提供」を守り続けるべく、社員一同日々努力を続けております。
明治浪漫の香り漂う「函館元町」で生まれ育った「美鈴コーヒー」が71年目のスタートを切らせて頂きました。
どうぞ今後ともよろしくお願い致します。